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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11259号 判決 1985年12月25日

原告

朱栄一

被告

吉田克成

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し四〇七万九七一五円及びこれに対する昭和五六年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行するこのとができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、各自原告に対し七八一万三、六六六円及びこれに対する昭和五六年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  交通事故の発生

原告は、昭和五六年一〇月一三日午後四時一五分ころ、東京都北区上十条四丁目一三番七号先の通称十条緑通りを南西側から北東側へ徒歩で横断しようとしていたところ、同道路を通称姥ケ橋交差点方面から国鉄十条駅方面へ南東方向に向け走行してきた被告吉田克成(以下「被告吉田」という。)運転の普通乗用自動車(以下「加害車」という。)に衝突され、両側大腿骨々折の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告吉田は、制限速度(時速四〇キロメートル)を遵守し、前方を注視して走行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、右制限速度を大幅に越える時速六〇キロメートルないし八〇キロメートルの速度で、しかも前方を注視せずに走行した過失により本件事故を惹起したものである。

よつて、被告吉田は民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告日本交通株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車を所有し、本件事故当時これを自己のために運行の用に供していたものである。

よつて、被告会社は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条に基づき、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

3  本件事故によつて原告が被つた損害は次のとおりである。

(一) 治療費 一九二万二、七二四円

原告は、北病院において入通院治療を受けたが、その際、治療費として合計一九二万二、七二四円を負担し、そのうち一万二、〇一〇円を自己負担分として支払つた。

(二) 入院付添費 三九万円

原告の母は、訴外立花商会に勤務し月一三万円の給与を受けていたが、昭和五六年一一月から同五七年一月までの間入院中の原告に付添看護して休業したので、原告としては、入院付添費として合計三九万円の損害を被つたものというべきである。

(三) 入院雑費 九万二、四〇〇円

原告は、本件事故当日から昭和五七年二月一六日までと、昭和五八年三月三〇日から同年四月三日までの合計一三二日間北病院に入院したので、一日当りの雑費を七〇〇円として、合計九万二、四〇〇円相当の損害を被つた。

(四) 交通費 二二万七、〇五〇円

本件事故当日から昭和五八年四月四日まで、原告本人及び原告の母の付添交通費として、合計二二万七〇五〇円を要した。

(五) 学習用書籍購入費 二万七、七五〇円

原告は、入院及び自宅療養中通学ができなかつたため、自習用に書籍を購入し、二万七、七五〇円を支出した。

(六) 医師等への謝礼 三万九、六四〇円

原告は、北病院に入通院中、担当医師、看護婦らに謝礼として菓子等を購入して謝礼をし、合計三万九、六四〇円を支出した。

(七) 逸失利益 五二七万七、九一七円

原告は、本件事故当時一五歳であつたが、本件事故にあわなければ、一八歳から六七歳まで稼働し、少なくとも賃金センサス昭和五八年第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均年収三九二万三、三〇〇円を下らない収入を得るこのとができたというべきところ、右下肢短縮、両下肢機能障害の後遺障害(一三級相当)が残つたため、就労可能年限満六七歳までその収入の九パーセントを喪失したものというべきである。

したがつて、原告の逸失利益は、次のとおり五二七万七、九一七円となる。

392万3,300円×0.09×14,9475=527万7,917円

(八) 慰藉料 三三一万円

原告の傷害、入通院の期間、後遺症の程度等によれば、原告の慰藉料は三三一万円を下回ることはない。

(九) 弁護士費用 八〇万円

原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、弁護士費用として八〇万円を支払う旨約束した。

(一〇) 損害のてん補 三二五万四、五三四円

原告は、自賠責保険から一三四万三、八二〇円、被告会社から一九一万〇、七一四円支払を受けた。

4  結論

よつて、原告は、被告らに対し、本件損害賠償として以上の合計八八三万二、九四七円の内金七八一万三万六六六円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五六年一〇月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)は不知、同2の(二)の前段は認めるが、その後段は不知。

3  同3の(一)のうち、原告が治療費として一九一万〇、七一四円を負担したことは認めるが、その余はすべて不知。

4  同4は争う。

三  被告らの主張

1  過失相殺

原告は、事故当時一三歳であり、年齢からみても道路を横断する場合には進行車両に十分注意をしなければならないことは熟知していたと考えられるうえ、さらに渋滞中の車両の陰から反対車線に出る場合には車両が進行して来ることは十分予想しうるところであつて、これに備えて最高度の注意を尽くすべきであるのにかかわらず、これを怠り渋滞車両を横切り走つて反対車線に飛び出した重大な過失があるから、これらの過失を斟酌し損害額の六割を減額すべきである。

2  損害のてん補

被告会社は、本件事故により被つた原告の損害のてん補として合計三二五万四、五三四円を支払つた。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1の事実中、原告が事故当時一三歳であつたことは認めるが、その余の事実を否認し、過失相殺の主張は争う。

2  同2の事実は認める。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の(二)の前段の事実は当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一〇号証、同第一一号証の一ないし九の各記載に証人李董南の証言、原告法定代理人朱成旭及び被告吉田本人の各尋問の結果を総合すると、被告吉田は、加害車を運転し、十条通りを姥ケ橋交差点方面から国鉄十条駅方面に向け走行して、本件事故現場付近に差しかかつたのであるが、同所付近の制限速度は時速四〇キロメートルであるうえ、交通ひんぱんな市街地であり、進行道路左右に人の通行する多くの路地があつて人の横断が予想されるところであるにもかかわらず、時速約五〇キロメートルの速度でしかも前方を十分注視しないで進行した結果、約五メートルの至近距離に至つてはじめて進行道路右方から左方に横断しようとする原告を発見し、あわててブレーキをかけたが間に合わず、加害車を原告に衝突させ、原告に傷害を与えたことが認められる。

この点に関し、被告吉田は、時速四〇ないし四五キロメートルで進行していたものであり、しかも進路前方を十分注視していたが、原告が渋滞車両の陰から急に走つて車道に飛び出してきたため衝突するに至つたものである旨供述し、前掲甲第一〇号証の実況見分調書の指示説明欄にも同趣旨の記載があることが認められるが、右供述及び記載は、右甲第一〇号証によつて認められる被告吉田が原告を発見してから加害車が停止するに至るまでの距離が約二三・四メートルであることや前掲証人李董南の証言に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、被告吉田には、制限速度違反、前方不注視の過失があることが明らかであるから、被告吉田は民法第七〇九条により、被告会社は自賠法第三条により、それぞれ原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

二  そこで、原告の被つた損害について判断する。

1  治療費 一九二万二、七二四円

原告が治療費として一九一万〇、七一四円を負担するに至つたことは当事者間に争いなく、原告法定代理人朱成旭尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は、治療費として右のほか一万二、〇一〇円を支出したことが認められる。

2  入院付添費 三九万円

成立に争いない甲第六号証の記載と原告法定代理人朱成旭尋問の結果を総合すると、原告の母除玉順は、訴外立花商会に勤務し月額一三万円の収入を得ていたが昭和五六年一一月から同五七年一月まで三か月間休業し、入院中の原告の付添看護を余儀なくされたため、その間合計三九万円の収入を喪失したものと認められるところ、原告の年齢(当一三年)傷害の程度等に照らし母親の付添看護が必要であつたと判断されるので、右収入の喪失は原告の被つた付添殊看護費用の傷害として計上することが許されるものというべきである。

3  入院雑費 九万二、四〇〇円

原本の存在と成立に争いのない甲第四号証の記載によれば、原告は、医療法人社団北病院に一三二日間入院して治療を受けたことが認められるところ、原告の症状に照らし、入院雑費として一日当り七〇〇円程度の支出をしたものと推認されるから、入院全期間一三二日間で合計九万二、四〇〇円を相当損害と認める。

4  交通費 二二万七、〇五〇円

成立に争いない甲第七号証の記載によれば、原告の母は原告が入院中の付添のため自宅から北病院までほぼ毎日タクシーで往復したほか、退院後は原告も北病院に通院し、その費用として合計二二万七、〇五〇円を支出したことが認められる。

5  学習用書籍購入費 二万七、七五〇円

成立に争いない甲第八号証の一ないし二〇の記載と弁論の全趣旨によれば、原告は、入院中及び自宅療養中、学習のため書籍を購入し二万七、七五〇円を支出したことが認められるところ、原告の年齢、症状、入院期間、費用の総額に照らし、不相当な支出とは認められないので、相当損害と認める。

6  医師等への謝礼 三万九、六四〇円

成立に争いない甲第九号証の一ないし一一の記載と弁論の全趣旨によれば、原告は、入通院中に世話になつた医師や看護婦に対し菓子類を購入して贈呈し三万九、六四〇円を支出したものと認められるところ、原告の入通院の期間等に照し社会通念上不相当な謝礼とは認められないので、相当損害として認める。

7  逸失利益 五二七万七、九一七円

原本の存在と成立に争いない甲第四号証の記載と弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五八年四月二八日まで北病院に入院して治療を受けたが、全治せず、右下肢短縮及び両下肢機能損害等の後遺障害を残して症状が固定し、自賠法施行令別表第一三級相当と認定されていることが認められる。

そして経験則によれば、原告は、今後順調に成育すれば一八歳から六七歳まで稼働し、少なくともその間賃金センサス昭和五八年第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の平均賃金である年額三九二万三、三〇〇円を下らない収入を得られるものであつたと推認されるところ、前記後遺障害により全稼働期間を通じて九パーセントを下らない割合の労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、ライプニツツ式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり五二七万七、九一七円となる。

392万3,300円×0.9×(18.4934-3.5459)≒527万7,917円

8  慰藉料 二〇〇万円

原告の入通院期間、後遺症の程度等諸般の事情を考慮すると、原告の被つた精神的・肉体的苦痛に対する慰藉料としては二〇〇万円をもつて相当と認める。

9  過失相殺

前掲甲第一〇号証、同第一一号証の一ないし九の各記載に証人李董南の証言を総合すると、原告は、昭和五六年一〇月当時東京朝鮮中高級学校二年に在学中であつたが、同月一四日午後友人の李董南とともに学校から帰宅の途につき、十条通りの南西側歩道を姥ケ橋交差点方面に向けて歩き、北区上十条四丁目一七番八号の「レデイスフアツシヨンフラウ新盛」付近で李董南と別れ、十条通りを反対側に横断して自宅に帰ろうとしたのであるが、国鉄十条駅方面から姥ケ橋交差点方面に向う車線は車が渋滞していたものの信号待ちのため車が停止していたので、停車した車の間を通り抜けて反対側に横断しようとしてセンターライン付近まで歩いて進出したが、姥ケ橋交差点方面から国鉄十条駅方面に向う車線には車両が走行していなかつたため、左右の安全を十分確認することなく右車線に一メートル程度進出したところ、折から十条通りを姥ケ橋交差点から国鉄十条駅方面に向け走行してきた被告吉田運転の加害車に衝突されたことが認められる。

この点に関し、証人李董南は、原告が道路を横断する前に一旦止まつて左右の車に注意したうえ歩いて横断をはじめセンターライン付近で立ち止まるのを見たと証言しているが、原告がセンターライン付近で左右の安全を確認したことまでも目撃していないし、仮に、原告がセンターライン付近で左右の安全を十分確認していたとすれば、姥ケ橋交差点方面から走行してくる被告吉田運転の加害車に気付き、横断を停止するなどして容易にこれとの衝突を回避することができたものと考えられるが、原告が加害車との衝突を回避するため向らかの行動をとつたことを窺わせる形跡もないから、原告は、センターライン付近では左右の安全を十分確認しないで反対車線に進出したものというべく、したがつて原告にも過失があると認めるのが相当であり、原告の右過失については諸般の事情を斟酌し、三〇パーセントの割合による過失相殺をするのが相当であると判断する。

そうすると、原告の被告らに対する残損害額は、前記1ないし8の合計九九七万七、四九九円の七割に相当する六九八万四、二四九円(一円未満切捨)となる。

10  損害のてん補 三二五万四、五三四円

原告は、本件事故による損害のてん補として自賠責保険から一三四万三、八二〇円、被告会社から一九一万〇、七一四円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、これを控除すれば、原告の残損害額は、計算上三七二万九、七一五円となる。

11  弁護士費用 三五万円

原告が被告らから任意の弁済を受けられないため、原告訴訟代理人に本訴の提起と進行を委任し、相当の報酬等を支払うことを約したことは、本件記録と弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件訴訟の難易、認容額、本件訴訟の経過等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害としては三五万円をもつて相当と認める。

三  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らに対し本件損害賠償として四〇七万九、七一五円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五六年一〇月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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